12年間双極性障害(躁うつ病)を患っています

双極性障害(躁うつ病)と私

私は双極性障害(躁うつ病)を患って12年になります。そして現在も短時間のパートをしながら療養中の状態です。
このブログがうつ病など同じ精神疾患に悩む人のお役に立てば幸いです。

 

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双極性障害とは

うつ状態だけが起こる病気を「うつ病」といいます。このうつ病とほとんど同じうつ状態に加え、うつ状態とは対極の躁状態も現れるというのを繰り返す病気です。

 

昔は「躁うつ病」と呼ばれていましたが、現在では両極端な病状が起こるという意味の「双極性障害」と呼ばれます。

双極性障害は、躁状態の程度によって二つに分類される

家庭や仕事に重大な支障をきたしかねないような状態を「躁状態」といい、多くの場合入院が必要になります。。

 

また、明らかに気分が高揚していて、眠らなくても平気、調子が良い、仕事もはかどる、しかし本人も周囲の人もそれほどは困らない程度の状態を「軽躁状態」といいます。

 

うつ状態に加え、激しい躁状態が起こる双極性障害を「双極I型障害」といいます。うつ状態に加え、軽躁状態が起こる双極性障害を「双極II型障害」といいます。 双極性障害は、精神疾患の中でも治療法や対処法が比較的整っている病気で、薬でコントロールすれば、それまでと変わらない生活をおくることが十分に可能です。しかし放置していると、何度も躁状態とうつ状態を繰り返し、その間に人間関係、社会的信用、仕事や家庭といった人生の基盤が大きく損なわれてしまうのが、この病気の特徴のひとつでもあります。

 

このように双極性障害は、うつ状態では死にたくなるなど、症状によって生命の危機をもたらす一方、躁状態ではその行動の結果によって社会的生命を脅かす、重大な疾患であると認識されています。

 

参考:双極性障害とは|厚生労働省

発症した時のこと

悩む男性
今から12年前、コンピュータ会社に勤務していた私は6か月の予定で地元に妻と子供を残して単身赴任をしていました。

 

仕事そのものはそれほど難しいものではなく、残業等も少なくてそれほどストレスを感じることはありませんでした。また久しぶりに一人暮らしを楽しめると思うと、むしろのびのびとできて楽しいぐらいに感じていました。

 

そんなある日の夜、いつものように仕事から帰ってコンビニで買ったお弁当とビールを飲んで、早めに就寝したその直後です。いきなり心臓が破裂するかのようなとても激しい動悸を感じました。そして得体の知れない強烈な不安感に襲われてまるでパニックになり、いてもたってもいられなくなって無意識のうちに窓を開けて飛び降り自殺をしようとしました。
しかしそこでハッと我に帰り、動きが止まりました。というのも見下ろすと地面がとても大きく見えたからです。
住んでいたのは会社が用意してくれたマンションの2階でした。これではたとえ飛び降りたとしても下手にケガをするだけで死ねないだろうと思い、そこでやっと冷静さを取り戻しました。

 

しかし強い不安感は拭えず、その日の夜は一睡もできないまま翌朝会社に行きました。そしてなんとか仕事を終えて疲れ切った私は帰宅後食欲もなくそのまま布団に入りました。しかしその日も不安感から目が冴えて眠れず、結局また一睡もできないまま朝を迎えました。

 

2日連続で一睡もできない状態で、出勤はしましたがとても仕事どころではありません。そこで上司に体調不良で病院に行きたいと告げて早退し、近くにある精神科を訪ねました。精神科というとなんだか後ろめたいようなイメージがあって初めは抵抗感がありましたが、もうそのようなことを考える余裕などなくまさに駆け込むように行きました。
精神科ではまず診察の前に100問以上からなる問診票にチェックするように指示されました。しかし不安感で落ち着きがない私にとってはそんなにたくさんの項目を冷静に考えて答える余裕などありません。もう適当にチェックした後、次には看護師さんとの面接による問診がありました。

 

とても苦痛で精神的に余裕がなく、早く薬が欲しい、体を楽にしてほしいということだけを考えていて、全然頭に入ってなく適当に返事をしていました。そしてやっと医師による診察があり、結果告げられた病名は「やや重度のうつ病」でした。

 

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私が双極性障害(躁うつ病)を患って12年。
現在は短時間のパートをしながら療養中の状態です。

 

【私の経歴】

 

 1980年5月        静岡県沼津市に生まれる
 1996年4月        静岡県立沼津東高校入学
1999年3月        同校卒業
 同年4月        Y大学法学部入学
 2003年3月        同校卒業
 その後コンピュータ会社に勤務するもうつ病から双極性障害を発症。
2013年には結婚をし、子どもが2人いたため、妻にはものすごく迷惑をかけてしまいました。

 

今はなんとかスーパーのパートに出ている状態です。もちろんそれだけでは収入が足りず、妻には生命保険の営業をしてもらっています。
私は1日の中で起きていられる時間が長くなってきたため、スーパーのパートを1日6時間、ネットでクラウドソーシングサービスでのライターやウォーターサーバーの比較サイトを立ち上げたりして頑張っています。

 

まだまだ37歳。
中年と呼ばれる年ですが枯れるには早い。
妻、こども2人、守っていかなければなりません。
立ち止まっている暇はありませんね。

 

それに死ぬまでにやりたいこと、行きたい場所がたくさんあります。

 

生涯現役で頑張っていきます!!

 

 

続きを読む≫ 2017/07/13 11:44:13

うつ病と診断された私は、デパスと食欲を増進させる効果のある漢方薬(薬名は忘れました)を処方してもらい帰宅しました。
薬剤師さんの指示に従って夕方の空腹時に漢方薬を飲んだところ、まるで鉛を飲みこんでいたかのような重い胃の不快感がすっと消えて、食欲が出てきました。その日はファミリーレストランで食事をして、夜デパスを飲んで寝たところ、久しぶりにぐっすりと眠ることができ、翌朝は爽快感で一杯でした。

 

もう私の病気は治った、と判断した私は、その日から薬を飲むのを止めました。すると2~3日は良い調子が続いたのですが、その後次第にまた不安感や体の重だるさを感じ始め、夜も眠れなくなりまっした。
そこで飲むのを止めていた薬を再び取り出して飲み始めたのですが、もう数日前のような爽快感はありませんでした。

 

精神科を訪れて医師に相談し、勝手に飲むのを中止したのが悪かったことを初めて知りました。仕方なく同じ薬を再び処方され、飲み続ける日々が始まりました。

 

やがて不安感や食欲不振は徐々に解消されてはいきましたが、スッキリと治るということもないため、トリプタノールやトフラニールなどといった抗うつ薬を処方されるようになりました。また睡眠障害も相変わらず解消されずデパスだけでは眠れない日もあったため、ベゲタミンAなど強めの睡眠薬も合わせて処方されました。

 

このように発病した頃はうつの症状がひどかったのでうつ病と診断され抗うつ薬による処方となったのですが、実は後に述べるように躁うつ病でした。うつ病と躁うつ病は全く別の病気です。うつ病と躁うつ病ではうつの症状が現れた場合には見分けがつかないものですが、躁うつ病の場合抗うつ薬をあまり処方し過ぎると、うつが治った後に躁に転じてしまうことにつながるのです。そのようなことが実際に自分の身に起こるとは想像もせず、その頃はただただ不安感による辛さを解消してほしいと願う毎日でした。

 

やがて初めてうつ病と診断されて3年ほど経った頃には、うつによる辛さもかなり治まってきて、もううつは治ったのではないかとさえ感じるようになりました。ところが、これはもっと辛い躁うつ病の症状の始まりでもあったのです。

 

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うつの症状が軽くなった私は、出張が多いコンピュータ会社から落ち着いて仕事ができる食品会社へ転職しました。さらにその半年後、念願のマンションを購入しました。実はこうした転職やマイホーム購入は、うつ病が治るまではしてはならないと医師から言われていたことです。しかし年齢的にも今しかないと考え、医師には内緒で家族とも相談して思い切って決断しました。それにうつはもうほとんど治っていたと思っていましたから、大丈夫だと自分で判断したのです。

 

この頃からうつの症状が治まるのと同時に、もともとどちらかと言えば無口でおとなしい性格だった私が多弁になっていました。それにすぐにイライラして、気に入らないことがあると会社の上司に対しても遠慮なく文句を言うようになっていました。このような立ち振る舞いに変化が生じていることは自覚はしていましたが、それが精神的な病気の症状であることなど想像もできず、明るく賑やかな性格が変わったというくらいの認識でした。しかしこれらが今思えば躁うつ病の症状だったのです。

 

その後私の行動はさらにエスカレートしていきました。
妻に内緒で消費者金融から20万円を借り入れ、競輪やパチンコなどのギャンブルに走るようになりました。また携帯電話で友人や知人に電話をかけまくり、月に5万円以上の電話代を請求されたこともありました。
借金
そしてうつ病を発病してから4年後、マンションを購入してからわずか3か月後の夏のことです。いつものように出社して仕事をしていると突然熱気を帯びたのが分かり、体温計で計ると40℃の高熱となっていてすぐに早退しました。翌日も朝体温を計ると平熱で元気なのですが、出社すると高熱が出ました。
このようなことが3日ほど続き、4日目にはすでに朝から40℃ありました。とても出社できる状態ではなく、やがてイライラしたりハイになって気が狂ったかのような言動がかなり目立つようになり、完全に躁状態になっていました。

 

とても仕事をできる状態でもなくなった私は、精神科で入院することとなりました。そして入院先の診察で、私の新たな病名「躁うつ病」が告げられました。病名が知られるとすぐに会社も解雇されて、家族と多額の住宅ローンを背負ったまま、精神障害者としての人生の新たなスタートとなったのです。

 

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続きを読む≫ 2017/06/28 10:40:28

躁うつ病の症状がひどくなってから外来では生活が困難となり、入院することになりました。

 

入院先の病院は精神科専門でベッド数も200以上もある比較的規模の大きな病院でした。患者の症状に応じて病棟の様子も異なり、通常の内科や外科の病院とは違っていました。
1病棟は開放病棟、2病棟は準開放病棟、3病棟は男性用閉鎖病棟、4病棟は女性用閉鎖病棟となっています。開放病棟は最も症状が軽い患者向けで、自由に外出することができます。準開放病棟は次に症状が落ち着いている患者向けで、一部の症状が軽い人は外出が許可されます。閉鎖病棟は重度の症状の患者向けで、外出することはできません。

 

私は準開放病棟に収容されました。入院といっても精神科での治療は規則正しい生活をして正しく服薬しながら他の患者さんと触れ合いコミュニケーションを取るなかで症状を改善していくのが、精神科での入院治療の中心となります。点滴や注射を受けるようなことなどありません。看護師の対応も厳しく、昼間にベッドに寝ていると、すぐにたたき起こされます。

 

朝6時に起床して7時に食堂に全員集まって朝食、その後病棟内の掃き掃除を行った後廊下に出てラジオ体操、12時に昼食を摂り、6時に夕食、そして夜9時に眠剤を飲んで就寝という生活です。
カミソリなどの刃物は自殺などの危険もあることから詰所預かりとなり、毎朝看護師さんから借りて髭を剃ることになります。また携帯電話の使用も日中だけで、夜間はやはり詰所に預ける形となります。入浴は1日おき、そして衣類などの洗濯は自分で洗濯板を利用して手洗いしていました。

 

とにかく毎日がとても退屈で1日が長く感じられますが、私は囲碁が好きでしたから他の患者さんと毎日囲碁をしながら過ごしていました。また編み物ができる女性の患者さんに教わりながら、マフラーを編んだりしていました。このような入院生活を経て症状が軽減された私は、入院して約1か月後に退院することができました。

 

しかし躁うつ病の辛い症状との戦いは、まだまだこれからでした。
囲碁

 

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続きを読む≫ 2017/06/28 10:40:28

私は初診でうつ病と診断されて以来約4年間、抗うつ薬と睡眠薬を服用する毎日を送っていました。
しかし服用して2年ほど経つと、不眠であることは変わりないのですが、次第に気分の落ち込みはなくなり、むしろちょっとしたことでイライラしたり気分が高揚して多弁になるなど、今思えばうつ病とはちょっと違うような症状となっていました。しかし精神科での診察でも相変わらず抗うつ薬と睡眠薬の処方が続いていました。私自身も自分はうつ病だと思い込んでいまし、躁うつ病などという病気など全然知識がありませんでしたから、医師の指示に従って薬を服用し続けていました。

 

症状としては時に気分が落ち込み毎日睡眠薬なしには眠れないとうほか、逆にイライラしたりすることが多かったのですが、抗うつ薬としてトリプタノール、セパゾン、トフラニールなど、抗うつ薬を多種にわたって試していました。また不眠が強かったので、最初は比較的軽い睡眠薬であるデパスでしたが、後にもっと強い催眠作用のあるベゲタミンなどの処方へと移りました。
夜は睡眠薬のおかげでなんとか眠れるようになったものの気分の不安定な症状が一向に改善されないために精神科も複数通いました。しかしやはりうつ病との診断で抗うつ薬と睡眠薬のみの処方が続きました。

 

ところが入院して最初の診察で躁うつ病と診断されてからは、薬は一変しました。

 

治療薬の主体は炭酸リチウムとなり、抗うつ薬の処方はなくなりました。
症状としてはうつの逆である躁の状態ですから、もはや抗うつ薬は必要ないと判断されました。炭酸リチウムは躁になるのを防ぐ薬で、また軽いうつ状態にも効く薬です。躁になるとその反動でうつ状態に陥る危険があります。
毎日炭酸リチウムを毎日規則正しく服薬して、血中のリチウムの濃度を半年に一度程度採血して調べます。こうすることでリチウムの血中濃度をある一定量保つことで躁うつ病の症状を抑えます。うつ病とは異なり躁うつ病はまず障害完治することが望めません。
そのため2週間毎に精神科で診察を受けて、炭酸リチウムなどの薬を飲み続ける必要があるのです。

 

現在では炭酸リチウムを1日3回毎食後に服用しますが、就寝前には炭酸リチウムのほかに気分安定薬であるデパケン、躁にもうつにも聞く抗精神病薬のジプレキサ、それに睡眠薬としてデパスとロヒプノールを服用しています。

 

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続きを読む≫ 2017/06/28 10:38:28

薬私は現在、躁を抑える薬、抗うつ薬、気分安定薬、抗精神病薬、睡眠薬を服用しています。これだけ多くの薬を服用していると、さすがに副作用が気になるものです。

 

以下、私が感じた副作用の記録です。

躁を抑える薬

躁を抑える働きがある炭酸リチウムという薬は、のどが渇くという副作用があります。のどが渇くというのは躁うつ病の症状としてもあるのですが、炭酸リチウムを服用していると、とにかくのどが渇いて水分が多く必要となります。私は朝起床してから出社までの2時間程度の間に2L近く水を飲みます。

 

職場で過ごすのは5時間程度ですが、そのためにやはり麦茶を2L用意して、帰宅時にはほぼ空になっています。1日にすると、ざっと10Lは水分を飲んでいると思います。医師によるとリチウム中毒の危険があるから、水分が必要となったら我慢せずに飲んでほしいと言われるのですが、特に仕事中はあまりたくさん飲むわけにもいかないですし、その分トイレも近くなりますから、不便を感じます。

抗精神病薬

抗精神病薬であるジプレキサは、躁にもうつにも効く薬で頼りになるのですが、食欲が増進するとともに代謝を抑えるため体重が増えるという副作用があります。ジプレキサに限らず抗うつ薬など精神を安定させる薬の多くには、このように体重増加という作用があるものと思われます。

 

私はジプレキサを服用し始めてから、3ヶ月程度で体重が10キロ増えました。

 

ですので今では医師には内緒でこの薬は必要と思う時以外には、服用しないようにしています。
太るのはやはり嫌ですが、そうかといって食事を減らすのはストレスになりよくありません。そのため食べる時にはしっかり食べて、ジョギングなど運動を欠かさず行うようにして太らないように心掛けています。ジプレキサはほかにも強い眠気が来るという副作用もありますから、車の運転をする際などには要注意です。

 

睡眠薬

睡眠薬は初めての人にとっては、服用するのをためらう人も多いのではないでしょうか。しかし医師から処方される睡眠薬は安全で、容量、用法を守れば特に副作用はありません。寝る前にお酒を飲むというひとも多いですが、寝酒は睡眠の質を低下させてかえってマイナスです。

 

不眠にはやはり睡眠薬がおすすめですが、睡眠薬を飲む際には安全のためアルコールは控えましょう。

続きを読む≫ 2016/06/20 15:09:20

躁うつ病と診断されて10年以上が経過した現在、小さな躁とうつの波を繰り返しながら、比較的穏やかな生活を送れるようになりました。日常生活においてはほぼ支障なく、以前のように必要のない電話をかけまくったり借金をして買い物やギャンブルをするようなこともありません。

 

そして1日わずか4時間のパートですが仕事をするようになり、なんとか社会復帰ができるようになりました。

キッカケは父の死

葬儀場
もう自分は服薬さえきちんとしていれば、普通の人に近い生活ができると自信がついてきていたのですが、それが崩れる事態が起きました。それは父の死でした。
私の自宅のすぐ近くにある実家で母と2人住まいをしている父が3年前にすい臓がんの告知を受け、入退院を続けていました。本人はがんであることが知らされた後も至って元気で、抗がん剤治療も自宅から自分で車を運転して病院に通っていたのですが、ある日突然容体が悪化し、最期は肺炎を起こして亡くなりました。

 

その父の最期を見届けたのは私でした。

 

個室で私が泊まり込みで看病していたのですが、夜も咳がひどくて一睡もせずに痰の処理をした挙句、翌朝静かに息を引き取りました。

 

そのことがショックでひどいうつ状態になり、仕事にも行けない毎日が続きました。食欲もなく、ただ昼間からお酒を飲むだけのような日々がしばらく続きました。

 

精神科で相談をすると、うつにアルコールは良くないとのことで、まずお酒を控えるように指示されました。そこでシアナマイドという水薬を処方されました。これは肝臓に作用してアルコールの処理ができなくなるようになり、ほんのわずかのお酒を飲むだけですぐに酔いが回って、それ以上体がアルコールを受け付けなくなるという薬です。これを1週間続けてアルコールを断ちましたが、それでもうつが治らないので、さらにパロキセチンという抗うつ薬が処方されました。

 

こうして1か月が経過し、現在ではほぼうつの症状が治まり、仕事も通常通りできるようになりました。

 

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続きを読む≫ 2016/06/07 13:51:07

入院はわずか1か月と短い期間で終えることができました。
入院中は躁の状態も落ち着いてきて精神的にも比較的安定していたのですが、退院後すぐに強烈なうつの症状が現れました。

 

得体の知れない強い不安感から、自殺願望も抱くようになりました。何をするにも億劫でとにかく布団の中で横になり、食事とトイレなど必要なこと以外は何もできず、ひたすら横になって自殺したいという気持ちを抑えるのに必死でした。これは入院前の長い躁状態の反動によるものだと思われます。

 

そこで医師に相談して、抗うつ薬を処方されることとなりました。トリプタノールという古くからある抗うつ薬ですが、抗うつ薬は飲んでもすぐに効果が現れるというものではありません。服用を始めてから2週間程度経過し、血中濃度が一定に保たれてから効果が実感できるようになります。そこでしばらくは我慢の毎日でしたが、2週間どころか1か月以上経過しても全く効き目が感じられませんでした。そこで他の抗うつ薬を幾つか試しましたが、やはり効果が無く、辛い毎日が続きました。

 

ところが抗うつ薬による治療を始めてから5か月後の朝、突然体がすっと楽になるのを感じました。どの抗うつ薬が効いたのかは覚えていませんが、とにかく心も体も爽快でとても気分が良くなり、日常生活は難なく行える様になったのです。
薬
そのような日々がしばらくは続いたのですが、やがて気分が良くなったのを通り越して次第に多弁になり調子に乗ってあれこれと動き回るようになりました。消費者金融でお金を借りて高額な買い物をしたり、携帯電話であちこちに長電話をするなどの行動をするようになりました。

 

これは躁の症状の現れだと気が付いたので、医師に相談して抗うつ薬の処方を止めて、炭酸リチウムの容量を増やすようになりました。その結果3か月後くらいには症状も治まりました。現在では比較的安定しておりこのような強い躁状態に陥ることはありませんが、小さな躁とうつの波はやはりありますので常に注意しています。

 

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続きを読む≫ 2016/06/07 13:44:07